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2008年06月30日

ラフマニノフ ある愛の調べ

 昨日は、KBCシネマに「ラフマニノフ ある愛の調べ」を見に行きました。

 この映画は、偉大なピアニストで作曲家だったロシアの「セルゲイ・ラフマニノフ」の作曲活動にまつわる“愛”と“苦悩”を描いた、一部フィクションの作品です。

まずは作品の感想です。
○ラフマニノフを演じた俳優さんが、ラフマニノフとそっくりなのに驚きました。(もちろん写真でしか見たことはありませんが)
○クラシックファンとしては、もっとたっぷりと音楽が聴けるかと思っていたのですが、どの曲もほんのさわりだけで、いささか物足りなかったです。(私にとってこれが最も重要なのですが)
○では、映画作品として充実しているかというと、例えば交響曲第1番の演奏会が大失敗に終わるシーンなどは、結構表現が浅いというか、そこまでむちゃくちゃなこと(いいかげんな指揮者)が現実にあるわきゃないだろ~~という感じで、これももの足りません。
ということで、期待したほどの作品ではありませんでした。が・・・・・・まあ面白かったですよ。face01

次に時代考証??
 映画の最後に「この作品は芸術作品で、事実と異なることがある」と、きちんとコメントしていたので、許されますが。

 映画は、最も有名な「ピアノ協奏曲第2番」を作曲し大成功したあとに、交響曲第1番の失敗や、ロシア革命を逃れてアメリカに移住後の、演奏旅行の多忙の中で、精神を痛め全く作曲ができなくなってしまう。この10年以上にわたる危機を従妹で妻となったナターシャの献身的な愛が救い、みごと「ピアノ協奏曲第3番」を作曲し復活する。というストーリーですが、

 実話は、ラフマニノフは、交響曲第1番の失敗で、自信喪失に陥るが、心理療法で「偉大なピアノ協奏曲を作曲する」と暗示をかけられ、1901年に最も有名な「ピアノ協奏曲第2番」を作曲し大成功を収め名声を確立する。1909年には「ピアノ協奏曲第3番」を作曲し、この年に行ったアメリカ演奏旅行でアメリカでの人気を確立し、その後、ロシア革命を逃れてアメリカに移住したが演奏活動が多忙で作曲は少なくなった。

 というわけで、ひとつ一つの出来事は事実なのですが、出来事の順序や因果関係がバラバラのようです。
 どこか中途半端な映画という感じは否めませんでした。face04

ラフマニノフ ある愛の調べ



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